こけし日記

読むことと書くことについて

I子ちゃんにも活躍の場を

『A子さんの恋人』という近藤聡乃さんの漫画があります。


内容は、美大を出て漫画家となってニューヨークで活動しているA子さんが、恋人のAくんにプロポーズされたけどビザの更新やらなにやらを理由に日本に1年帰ることになってというお話。
A子さんは東京で美大時代の元恋人のA太郎やら学生時代の友人のU子ちゃんやK子ちゃんたちにどっちにするのとつつかれながら、1年自分と向き合う中で、最終的な決断を下します。

で、本題。タイトルのI子ちゃんは登場人物の一人です。
I子ちゃんはK子さんの美術予備校時代の友達で、K子さんとは仲いいけど、A子さんやU子さんとは遠巻きにされてる感じの子。A太郎のことが好きだったけど、地味なA子さんとくっついたのが面白くない! って感じで鬱屈してる。

この漫画がはやってたときに誰が好きとか誰に共感するかが話題になってたんだけど、それぞれこんな感じ。

  • A子さん 才能があって努力もできて周りに我関せず

  • A太郎 外見や人当たりの良さで人を惹きつけるけど空虚

  • Aくん 性格が悪いけど実は優しい。仕事は誠実

  • U子さん 達観しているようでいて自分の才能に見切りつけて上を目指さない

  • K子ちゃん まじめコツコツ型。夢を叶えてエディトリアルデザイナーになった

で、I子ちゃんはアートが好きな自分が好きみたいな描かれ方。
よくSNSでも文章でも創作でも、自意識をこじらせるとよくないっていろんなところで言うけど、その典型例っていう感じの人物造形がI子ちゃん。

せっかくなりたいイラストレーターになったのに「なんかつまんなく」なっちゃった。その理由の一つが以前よりアートが好きかわかんなくなったから。せっかく憧れの美大生になったのにやる気をなくして、デッサン中もおしゃべりばかり。そんな本心をうっすら見透かされてて、「アートが好きな自分が好き」って陰口言われたり、A太郎に「そういうところが嫌い」と言われたりしている。

私は美大に行ってないからよくわかんないけど、たぶん創作者の理想はA子さんなんだろう。
もちろんA子さんはA子さんなりにジタバタしてるんだけど、A子さんの、周りの状況や自分のジタバタに関係なくものを作り続けられる力というのが、周りの羨望の的となっている描写があり、A太郎もAくんもその部分に惹かれているようだ。

創作の動機は人さまざまでそれぞれにグラデーションがあると思うけど、もしかしたら美大っていう、同じこと目指してて、選ばれた一握りって意識のある同じ世代の人間が詰め込まれた環境にいたら「創作第一の人がすごい」って感じになっちゃうのかもしれない。

ところで、自分を振り返ってみると、出版とか、自主制作本界隈の中の人間関係とか人気とかで勝手に振り回されて、自意識で自滅しそうになっていたことがあった。
A子さんに憧れるのはやまやまだけど、現実の自分はどう考えてもI子ちゃん!

A子さんみたいな人は物語の主役になりやすい。
ほかの物語を見ても、I子ちゃん的存在は物語のピエロや悪役、かませ犬として登場させられている。もちろん、I子ちゃんにだって、ちやほやされたいだけじゃない創作の動機だってある。だけど、やっぱA子さんが主役の物語だからそこはあんまり描かれない。
というか、そもそもI子ちゃんタイプはあんまり物語の主役として描かれないし、描かれたって、自己顕示欲で自滅するバッドエンドが待ってたりする。

けど、物語には描かれなくたって、現実のI子ちゃん的存在にだってそれなりの人生があって、ずっとピエロで悪役でかませ犬というわけじゃない。
物語の脇役として登場しがちなタイプは、ロールモデルが見つけにくいから、現実で自分で自分の物語を作るしかない。

そう思うと、世の中には描かれてない人の方が多いのかもしれない。
それは性格だけじゃなくて、属性についてもあてはまる。
よくマイノリティの描かれ方をめぐって論争が起こる。
私はそこまでマイノリティ的な属性がないけど、それでもあんまり描かれてこなかったタイプで、ロールモデルを見つけるのが難しかったなと思った。
もっと描かれない属性の人だったら、なおさらだと思う。
いろんな創作物でいろんな属性の人物が登場して、活躍することが文化を豊かにするし、現実の社会にとって生きやすい人が増える。
いろんな論争が日々起こっているが、私はそういう表現がどんどん増えたらいいなと思ってる。