こけし日記

読むことと書くことについて

「おりられない」からおりる(『「おりる」思想』飯田朔)

飯田朔さんに『「おりる」思想』をいただきました。

飯田さんは文筆家として、フリーペーパーやwebで映画評論や文芸評論を書いています。大学在学中に評論家の加藤典洋の元で文学や映画評論を書くようになり、フルタイムで働くのは難しいと思った結果、就職せずに非常勤で塾の先生をしたり、スペイン留学に行ったりしたそうです。
飯田さんは10年ほどそういう「何者」でもない「なんでもない人」として過ごし、「社会が提示してくるレールや人生のモデルから身をおろし、自分なりのペースや嗜好を大事にして生きる(P.24)」おりる生き方をしてきました。
この本はその10年の間に朝井リョウ深作欣二の作品、『パディントン』といった作品から考えたことが書かれています。

おりるに対するイライラ

自由な働き方とか、自分を生かすとか成長や経済至上主義を批判するような本は増えていると思います。私は若いころはそういった本が好きだったのですが、いつからかそういう本を読むとイライラすることが増えてきました。
自分は上にもあがってないのに、そもそもなんでおりないといけないんだ、こういう態度を新自由主義とか資本主義とかいって批判されないといけないんだと、批判的に感じるようになり、そういう話は恵まれた人のきれいごとと思うようになっていました。


おりたくてもおりられない

飯田さんの本では、このような競争主義に乗っちゃう感じが、「生き残れ(サヴァイブ)」という言葉と「何者かにならないといけない」という社会の圧が内なるマッチョさに形を変えた形によるものだと説明されています。
また、どうしてもゆずれないものや好きなものや個人の性質といった「おりたくてもおりられない」という個人の気持ちにもフォーカスしています。
この、「おりる」と提案した本に見せかけながら、「おりられなさ」の方にフォーカスしている点がこの本の魅力であり、個性だと思いました。

特に私が感銘を受けたのは、3章の「ちゃんと「おりる」思想」および4章の「「好き」か「世界」か」です。
3章ではサヴァイブを要求する世の中で、サヴァイブできなかった、あるいはそこからおりた人たちの著作から「生き直す」という考えが提示され、「生き直す」うえでまた「生き残る」に陥らないヒントが提示されます。
4章では、朝井リョウの著作から「好き」という気持ちはそこから人間は自分でおりることができない「おりられない」気持ちであるが、その先には「こればっかりはしょうがない」という「選びようのないどうしようもない前向きなあきらめ」に至ると導き出します。


なんとなく自分が、これまでほかの「おりる」を主張した本を読んでイライラしたりモヤモヤしたりしてきたのは、おりる/おりないがあたかも選択肢のように提示され、「おりる」ことが成功の秘訣であり、さらにおりた先でどっちがうまくおりたか競争があるように感じていたからでした。しかし、飯田さんの著作ではその辺が丁寧にくみ取られており、そこがいいなと思いました。

 

自分はおりられたのか?


自分を振り返ってみると、私はこの10年、会社員という働き方からはおりたものの、フリーランスとして働くうえで、だんだん競争主義や自己責任論や能力主義成果主義からおりられなくなってゆく自分に気づいて苦しくなっていました。
その結果、好きでやっていたことが苦しくてしんどいことになり、人に対して不寛容になっていったように思います。

私がとらわれていて、「おりたくてもおりられなかったもの」はいったいなんだったのでしょうか?
それは、「好きなことや得意なことを仕事にして、そこで成功して評価されたい」という気持ちでした。たぶん私にとっては「好きなことや得意なことを仕事にする」ことが会社員とか、大企業に入っていい給料をもらうとか、結婚して子供を産むといった世間の大多数の人がやってそうな生き方や成功モデルの代わりだったのだと思います。
そして、「好きなことを仕事にする」生き方を選んで成功することで、自分の能力を示して、人に認められたかったのだと思います。
でも結局それは企業や組織ではなく「好きなこと」「趣味」というフィールドに置き換えて立身出世しようとしていただけでした。だから、それがうまくいかなくなったときにすごく辛くなったし、楽しく遊びみたいな感じでやっている人を見てイライラしていたのだと思います。

わたしがそこからおりたのは、そこまで嫌いでないしできる別の仕事を見つけたことと、「好きなことや得意なこと」がそんなに好きでもないし、人より抜きんでてもないとわかったからでした。それに目をつぶってやり続けることもできたと思いますが、もう限界でした。

能力主義や競争主義といったものに囚われている限り、それがうまくいっている間は楽しいしやりがいもあるでしょうし、それで成功して楽しくやっている人がいたらやってみたくなるのが人情でしょうが、人間そんなにずっと成功したり能力を発揮しつづけたりできないので、いつかはおりるときが来ます。まずはそういう思考のフォーマットに乗らないところも含めての「おりる」思想なのかなと思いました。

自分はこの4月から10数年ぶりの会社員となったのですが、その時期に自分の棚卸をする機会を得られていい読書となりました。