こけし日記

読むことと書くことについて

孤独は制作の最良の友

先日このエッセイが公開されたが、書ききれなかったことがあった。
作家に「タレント性」が必要かについてだ。

www.e-aidem.com

このエッセイでは、編集者になりたいけど自分には初対面の人とすぐ打ち解けられるようなコミュ力がないのではないかという恐れから、自分を変えなければと思い続けて疲弊した話を書いた。

「タレント性」については、本を出してから、本を売る段になると容姿や雰囲気といった人の目を引き付けたり、トークの座持ちのよさといった「タレント性」が求められていると感じるようになった。
例えばトークイベントをしたら作品の魅力とは別にその人に会いたいという理由ですぐ席が埋まるとか、自主媒体をやったら瞬く間に売れるとかそういう感じだ。しかしそういうことを求められると非常に苦痛だった。私は子供のころから場の中心になるような人、いるだけで場が華やいでぱっと明るくなるような人に憧れがあったが、どちらかというと容姿や行動や発言でいじられてしまうタイプだった。
なのにどこかで自分とは全然違うタイプの人気者にならないといけないという焦燥感があった。だけど、作家の仕事は書くことなのに、社交や宣伝ばかりして、どうなるんだろうというような冷めた気持ちもあって、とりあえずトークイベントをやったりツイッターをがんばったりしてみたものの、やることは中途半端だった。

ところで、先日この記事で、天才とは自分が全力かけるものが何かの見極めが早くて、そこに全力投球できる人ではないかと書いた。

kokeshiwabuki.hatenablog.com


私は本を出して2年ほど、社交や宣伝ばかり力を入れ、文章を書くことがおろそかになっていた時期があった。制作もろくにせずに、どこかから依頼がないかなと期待しつつ、編集やライターの請け仕事を続けて、そちらにばかり力を入れていた。当時はそうしないと食べていけなかったし、しょうがなかったと思うが、見ている人からすればちぐはぐだっただろう。この人は文章を書きたい人なのか編集をしたい人なのかさっぱりわからないし、書きたいといっているが何を書かせたらいいのかもよくわからない。

人気者になりたいと言って社交や宣伝をしたって、人気者というのは自然に人が集まってくるような人のことを言うのだ。そうなりたいと思ってなれるものではないし、努力したからといってそうなれるものでもない。それならさっさとあきらめて、ほかの仕事もほどほどにして、作家として次の作品を書くとか、すぐにやりたいことがなければ、取材や本を読むとかして、ネタを仕込んでおけばいいのに、全く向いていないことを努力すればどうにかなるのではないかとあがき続けて無駄な時間を過ごしてしまった。

おそらくだが、これをやりたい、これが向いている、これが面白いという信念のようなものは最初から作家本人はわかっている。だけど、それを信じて回りの声を聴かずにやり続けるのは難しい。
なぜならそれは孤独になることでもあるからだ。これまでの仲良くしてくれていた人が作品を読んで離れるのではないかとか、自分の周りの人がいなくなるのではないかという不安がつきまとう。
書くことはなんと矛盾だらけな行為なのだろうか。
自分にしかわからない世界、自分だけが楽しんでいた世界を文字に書きつけて、ほかの誰にも見せなかった気持ちや言葉を公開し、それがどこか遠くにいる誰かの共感を呼ぶ。書くことは孤独なのに、出来上がった作品は多くの人に届いたり、誰かをつなぐ手立てとなる可能性を秘めている。


前出の記事でも、漫画家の萩尾望都は自分が孤独であると書いてあった。
だけどそんな自分が好きだとも書いてあった。
『一度きりの大泉の話』でも、一晩中漫画論を戦わせる同居人たちとは別に、一人で黙々と制作を続けていた姿が印象的だった。
やはり、作家が人気者である必要は全くないが、少なくとも孤独である必要はあるらしい。

これまで、孤独はさみしいことだと思っていた。さみしいことは不安だ。だから、人気者になりたかった。だけど、書くことには孤独が必要だと気づいたとき、コミュ力やタレント性に対する自分のコンプレックスが少し小さくなったように思えた。
孤独は恐れるものではないし、恥ずかしいことでもないのだ。


話は変わるが、小説家の藤野可織さんのこの文章が好きだ。

www.kyoto-art.ac.jp

特にこの部分に勇気づけられる。

認識のうちから拾い上げられるものを拾い上げて理解できるかたちにし、名前をつけ、できあがった小説がいつか遠くにいる人を愛することができるように、いっしょに、それぞれ孤独にやっていきましょう。


自分は長らく書くことも読むこともほぼ一人でやってきた。
だけど私は一人ぼっちではない。
わいわいできない自分がさみしい人間だと思っていたけど、そうじゃない。私にはそんなにたくさんじゃないけど、作品をちゃんと見てくれたり、慕ってくれたり友達でいてくれたりする人がいる。だったら、やみくもに不特定多数の人気者を目指すのではなく、今ちゃんと読んでくれる読者を大事にしよう。むやみに友達や知り合いを増やすより、今ちゃんと気にかけてくれる人を大事にしよう。

当然、売れたいという気持ちはいつだってあるし、出版社から本を出したい気持ちだって今でもある。
だけど、まずは一人にならないとなにも始まらない。孤独は制作において最良の友だ。
それがわかった。
孤独とはこれから長い付き合いになりそうだ。だから、少しずつ付き合い方を覚えよう。そして、これからは堂々と一人になっておおいにものを書こう。