こけし日記

読むことと書くことについて

一言で面白いと済ませるにはもったいないお話が20篇も収録 藤野可織『来世の記憶』

藤野可織さんの『来世の記憶』を読みました。

  


この本には20篇の短編が収められています。
どれから読もうか迷ってしまうので、
パラパラめくってタイトルが面白そうなものから少しずつ読んでみました。
どれもそれほど長くないので、電車の中や夜寝る前に読むのにぴったりです。

だけど、中には怖い話もあってもしかしたら眠れなくなるかもしれません。
例えば「スパゲティ禍」というお話は、ある日突然人類がスパゲティになる病にかかってしまいます。そしてスパゲティを食べられる人間はマイノリティとして迫害されてゆきます。
病気が流行して人が分断される話、なんか聞き覚えのあるような・・・。
まさに今の状況を活写したようなお話ですが、書かれたのは5年も前で、
そのお話の状況に震え上がるし、それを5年前に書いていた藤野さんの想像力に驚いてしまいます。

あるいは、どうしてこんなに女の人の気持ちがわかるんだろうと泣き出しそうになって、電車の中で読むには適さないかもしれません。
例えば「鍵」はたまに会社帰りにマンションの近くで夫が出会す「赤いおばあちゃん」についての話。

もし産んでほしいと急かすのなら、わたしは強く反発するだろう。妊娠と出産によってなにかを、たとえば健康を、もしかしたら仕事を、時間を、自由を失うのは私だから。よくもそんのことを言えたものだと私は言うだろう。

 だから、夫は私に強要はできない。私が決める。そうすれば、私がどれだけ多くのものを失ったとしても、夫には責任はない、それは私の決断だから。夫は私に従って射精をするだけなのだから。夫はなすすべもなく待っている、待つしかない、私の決断と許可を、妊娠や出産にどんな準備が必要なのか、空き時間に学ぶこともせずに。(235ページ)

 

だけど、同じお話の最後の方は思わぬ展開を見せて、わたしは電車の中で読んでいて声をあげて笑いそうになって、とても困ってしまいました。

藤野さんの小説はひとつのお話に読んでいて怖いところと、泣きそうになるところと、笑ってしまうところがあります。
そんな一言で面白いと済ませるにはもったいないお話が20篇も載っているという、
なんとも豪華な小説集です。