こけし日記

意見と読書

2022年2月の読書記録

全部じゃないけど、今年から読んでよかったものはなるべく感想あげていくことにした。制作日誌をつけているこけし日報に載せたものもある。

小松原織香『当事者は嘘をつく』

小松原さんはずっとブログを読んでいて、本が出ると知ってすぐに買った。
性暴力被害にあったことから「当事者」となり、そこから修復的司法の研究をして「研究者」になるまでのエッセイ的な読み物。
タイトルや帯だけ見ると重くて読むのが苦しくなりそうだと思ったが、小松原さんの中である程度体験が整理されているのと、性暴力被害者が抱く混乱までもを含めた思考の過程がものすごくクリアに描かれていて読みやすい。
そして、小松原さんはこれを一種の物語として提示しているためか、このような言い方はあれかもしれないが、ものすごく面白い。
まるで小説を読んでいるような感じなのだ。この書かれたことの内容に反してあまりにも読みやすかったのがすごく不思議だった。
小松原さんはケータイ小説を書くのにはまっていたことがあるそうで、そこで読者のことを考えることを学んだとあったから、そのおかげかもしれない。

印象に残ったのは2箇所ある。
第六章で、小松原さんは論文で「先行研究のまとめ」と「自分の考え」が結びつかなかったのが、「突然できるようになった」と書いていたところ。その原因はわからない。一つだけ言えるのがこれ。


「書くことをやめなかった人」だけが「なぜか書けた」と言う。
(P138 )


また第八章の「時間」について述べた箇所も印象的だった。
わたしはある体験の当事者で、それから10年経ったのだが、その出来事に対してある程度客観視できるようになった。それでもやはりまだ向き合い方がわからない部分がある。
加害者を赦すという修復的司法のような赦しが自分に訪れるとは思えない。しかし、第八章に修復的司法を、「点」ではなく、「流れ」の中で見ると言う一文があり、それに救われた。10年前は今苦しいのだからすぐ解決したいという気持ちが強く「時間薬」などと言われると反発していたが、10年を経て自分の受け止め方が変わってきたのを実感すると、時間の流れが大事だとわかる。

時間の流れにまかせるというのは、自分より大きなものに委ねるというようなことだと思う。自分だけの力でどうにもならないというのは、諦めの気持ちに聞こえるかもしれないが、一方で逆に時間がすぎたらどうにかなるのかもと未来へその問題を先送りするというか、一旦手放すようなところがある。わたしにはそれが希望として聞こえた。

 ソン・アラム『大邱の夜、ソウルの夜』


女にとっての帰る場所はどこなのか?
読みながらずっとその問いが頭を離れなかった。
自分は結婚しても大丈夫、結婚しても変わらない、私は私、と授かり婚したホンヨン。
認知症の祖母を介護し、お金を貯めてやっとソウルに出てきたけど、憧れの出版業界では自分の力が生かせずに疲れ果て、母の看病を理由に故郷の大邱に帰ることにしたコンジュ。二人の女性の友情や生活を描く。

家事にあけくれ、不平不満が募って小言ばかり言うような母や祖母のようになるまい、と思い、自分だけはそういう女たちのようにはならないと思って結婚するけど、いつのまにか生活に流され、雑事に追われ、ふと気づけば自分もそんな女たちと同じようになっていると感じたときの絶望感がひしひしと描かれている。
家族の世話は求められるけど、いつまでも家にいられては困る。
結婚して(さらには子を産んでこそ、韓国の場合は男児)一人前、女は家を出るもの、ケア要員としてしか期待されない存在の自分。それでも自分らしく生きたいという葛藤。
ケア要員としてなら家にいられるけど、一人前の人間としては認められない。
また、社会で女性が一人で生活するには過酷すぎる。
女を一人前として扱ってくれる場所を結婚に故郷にも期待できない。
そんな絶望と孤独を苦しいくらいに描いていて、読み終わったあと泣いてしまった。

チョン・セラン『保健室のアン・ウニョン先生』

不思議なものを見る力を持っている保健室のアン・ウニョン先生が、おもちゃの剣とBB弾の銃で怪異に立ち向かうという学園ファンタジー。
その怪異の原因の一つがエロエロパワーで、そこが面白かった。
保健室の先生って、日本だとものすごく性的に描かれがちなのが、エロエロパワーから生まれた怪異を倒すってなんか皮肉きいてていいなと思った。
あと、保健室の先生ってどこかお母さんぽかったりエロく描かれたり、要はケア的存在と見做されがちなんだけど、この本では専門知識をもった専門職、一人の大人の女性として描かれていて、そこもよかった。
学園物だけど大人の目線で描かれてて、教師たちやウニョン先生がリアリティのある大人の姿で、そこも読みやすかった。

富永京子『みんなのわがまま入門』


社会運動に対する見方を変えてくれた本。
自分があまり元気でないときや余裕のないときに、ネットなどでデモに行けとか選挙に行けという呼びかけを見るとげんなりしてしまうことがあった。
でも、別にその人たちは私に説教しているわけではないし、
実際声を上げて社会が変わらなくても、上げることでほかの人が言いやすいという効果が大事なんだと書いてあったのでそんなに神経質にならなくていいかと思った。
また社会運動にはいろいろなやり方があって、自分の参加できる範囲で参加すればいいというようなことが書いてあったのもよかった。
ネットだとデモとかツイッターだけが社会運動みたいに見えているけど、それぞれやれる場でやればいいのかとわかって少し気が楽になった。

ECD『失点インザパーク』


ECDさんは誕生日が一緒なので親近感がある。
結構倫理的にどうなのかって話もいっぱい書いてあったけど、俺こんなに悪なんだぜという感じが全然なくて淡々と書いてあってそれが逆に怖かった。

小松原織香『性暴力と修復的司法』
上にあげた『当事者は嘘をつく』の小松原さんの博論。
専門書で読めるか心配していたけど、論理構成がはっきりしており、文章もものすごく読みやすかった。

 



『当事者は嘘をつく』で「論の立て方を学ぶ」という書くことについて書かれた章があったが、そこで小松原さんは

 

文章は読み手に向けて書かねばならない(125ページ)

と言っていた。
読みながらこの本はそれをものすごく意識してかかれたものだと伝わってきた。

三品輝起『雑貨の終わり』

西荻窪の雑貨屋FALL店主による随筆集。
前にイベントで『B面の歌を聞け』で出店させてもらってどんな店か知りたくて読んだ。
お父さんの話と、高校時代に文豪ぶって温泉旅館に泊まった話(手配は全部お母さん)と、レゴ好きの同級生の話が印象的だった。
お父さんが昔経営者インタビューをやってて、100人超えたら泣きついてきたりやばい相談をされたりするから、100人超えたら気を付けろという話が印象的だった。
私もこれからインタビューショップっていう事業をやろうと思ってるけど、100人は目安にしようと思った。


週刊金曜日』、QJweb、好書好日、Wezzyなどで書評、著者インタビューを書いています。

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