こけし日記

読むことと書くことについて

ほんとうの夜

ほんとうの夜を知っているか
ほんとうの夜の暗さを
月の光が目に痛いほどの

ほんとうの夜を知っているか
ほんとうの夜の静けさを
川の音さえ耳に響くほどの

ほんとうの夜に
鳴く鹿の声を聞いたことがあるか
夜を引き裂く
誰かを乞うるような

たよりなく慰めもなく
そんな夜に
君は、一人でいるのか

寂しさに耐えられないなら
火を焚こう

鈍い光
揺れる炎
爆ぜる火の粉

たよりなく慰めもなく
そんな夜に
君は、一人でいられるのか

懐かしさに耐えられないなら
鍋を火にかけよう
ありったけの野山の幸と
微生物の恵みを入れて

人肌はなくとも
炎と、声のない生き物たちのぬくもりがある

傍らに誰かいなくとも
一冊の本
一遍の詩
一枚の写真
一かけらの思い出

それさえなくとも

ひとくち
ほんとうの夜に身をひたしながら
寂しさと懐かしさごと飲み込んで
体を横たえれば

君の知らぬうちに
月は空を渡る
川は流れ続ける


いつのまにか火は消えて
君が眠るあいだに夜はふける