こけし日記

読むことと書くことについて

日本帰国当日の日記を読んでみる

もうすぐ帰国して一年になる。


バンクーバーを2017年2月28日に出国し、同日成田に着いた。
バンクーバーにいたときはとびとびで日記を書いていた。

帰国当日の日記が残っている。
浦島太郎感を味わいたいとかなんとか言って、
バンクーバーに行ってから丸2年全く帰国しなかった。
2年ぶりの日本だ。

成田の空港のコンビニで、水、おにぎり3つ購入。おにぎりは鮭とシーチキンしか残っていなかった。カナダで3ドルが平均価格だったので、異様に安く見える。どん兵衛も安い。5ドルが平均価格。買おうと思ったがかさになるのでやめる。おにぎりをトランジットの間に夫とむしゃむしゃ食べる。食べ終わってもまだお腹が空いている。たけのこの里を購入。これも異様に安く見える。あっと言う間に一箱あける。「これだったら(カナダで買えば)10ドルするよね」と、夫も私も食べ物の価格が異様に安く見えることに驚いている。

食べ物の話ばかりだ。
食いしん坊なのがよくわかる。
おにぎり、どん兵衛は日系ショップに行ったときに奮発して買う食べ物だった。
どん兵衛は日本から送ってもらったりしたので、
半年に1回くらい食べられたらいい方だった。
カナダのお菓子やスナックはどうも魅力的に見えず、
そして全体的に値段が高かった。
日本のコンビには品揃えが多く、食べ物が小さくなったとはいえ、
値段はカナダに比べたら安い。

いくつかバスと電車に乗り換える。みんな髪が黒く日本語をしゃべっていることが変に思える。バスや電車の車内広告が異様に写真がきれいで、情報量が多すぎるように思える。

 

今読むと、こんなことに驚いていたんだと新鮮さを感じる。
カナダにいたら、てんでばらばらの言語が右から左から聞こえてきた。
そして、服装、髪型もみんなバラバラで、
見た目が違うことに違和感がなかった。
カナダの電車もバスも広告が少なく、
英語だったのであまりちゃんと理解できてなかった。

それが、日本にいきなり帰ってきて、
全部読めて隅から隅まで読めて理解できることに驚いた。
最初は理解できないものが周りにないことが不安だったのに、
だんだん慣れて、理解できないものが周りにあっても平気になった。
だから、日本に戻ったとたん、全部理解できるものに囲まれていることに
違和感を感じている。

電車を降りたあとに行ったコンビニで、夜泊まるところで食べるものを買う。ものが多すぎること、種類が多すぎること、そして全部日本語で何が書いてあるのかわかることで、頭の処理が追いつかず何を買っていいのかわからない。店員の処理が早くて事務的で、ああ、ジャパニーズスタイルと思う。


案の定、情報量が多すぎて処理が追いついていない。
カナダの人は割とフレンドリーな対応する店が多かった。
日本とはいいサービス、礼儀ただしさの基準が別なのだ。
あと、前にも書いたけど、一生懸命働くことを
人生で一番大切なことととらえてないふうだった。

kokeshiwabuki.hatenablog.com

 
日本のサービスのクオリティは高いけど、それに息苦しさも感じている。
帰ってきたとたんにそういうサービスに触れて、
すごい、と思う一方で、そういう国でまたやってかなきゃならないんだという、
げんなりした感じが伝わってくる。

帰国して最初の1年がすぎた。
あの時の新鮮な気持ちを思い出すことはもうできない。
外国にいた感覚はどんどん薄れて、日本の生活に慣れてしまった。
人間がこんなに簡単に環境に左右されることに驚いている。
それは少し残念だけど、またどこかに行くことがあっても大丈夫という変な自信にもなっている。