こけし日記

読むことと書くことについて

「ひとり」の価値を思い出させてくれる一冊 アサノタカオ『読むことの風』

アサノタカオさんの『読むことの風』を読みました。

www.saudadebooks.com

本には2000年代始めからアサノさんが住んだり旅をしたブラジル 、アフリカ、日本各地といったさまざまな土地で書かれたたくさんの言葉が収められている。


アサノさんは編集者をしながら、サウダージ・ブックスという小部数出版社をやっている*1
アサノさんのことを初めて知ったのは、10年ほど前に東京に住んでいたときで、その時は葉山で本のサロンをやっていた。
その頃ちょうどミシマ社ができたばかりで「ひとり出版社」みたいな言い方が出始めたころで、アサノさんもその一人だった。
それで興味があって話を聞いてみたいと思って尋ねたのだった。
家は海に面した山の中腹にあって、庭から太平洋が見渡せた。それまで瀬戸内の穏やかな海しか知らなかったから波の荒いのに驚いた。


驚いたのはアサノさんも詩を書くこと。詩集の編集をたくさんやっているのは知っていたけど、自分で書く人だとは知らなかった。
素朴でわかりやすくとっつきやすいものが多いので、意外な一面を見た。
あるとき釜ヶ崎のココルームで話すというので見に行ったことがある。その日の夜に書いたと思われる詩も入っていて、あのときこんなことを考えていたのかと思ったら不思議な気持ちになった。


いつだったか忘れたけど、アサノさんは「もう文章を書かない、本作りの方でやる」と言って、それまで文藝誌なんかにたまに文章が出ていたけど、そこからぱったり名前を見なくなった。
けど、時々ブログに文章をあげることはあって、読むのを楽しみにしていた。だから本が出たときいて非常にうれしくなった。

asanotakao.hatenablog.com



本は小さく、それぞれの文章は短いけど、そこに詰め込まれている距離と時間は途方もない長さがある。読むうちに、知らない土地の風の音が聞こえてくるような、潮風のにおいが漂ってくるような、しょんべんくさい路地の明かりを思い出すような本だ。本にはアサノさんと知り合う前の、ブラジル で研究者をしていたときの話や、もっと前の話も出てきて、若い頃のアサノさんの姿がそこに見えるようだ。
そんなふうに、時代と場所を超えていろんなところに連れて行ってくれる。

 

印象に残ったのは、本は「ひとり」にならないと味わえないものだという文章。
本を読むには「ひとり」になって、「ひとり」で読むけど本の中では過去の人たちと繋がる。そして、読んだあとにはその本を読んだ人とも繋がる。
しかし、書く時にはまた「ひとり」になる。
本を読んで何かを書くことにはそんな循環がある。
その循環の中では「ひとり」でも、「ひとりぼっち」の「孤独」で寂しい感じはなく、むしろ「ひとり」になれる贅沢さや、「ひとり」から生まれる豊かさを感じる。
そういう「ひとり」の価値についても思い出させてくれる一冊だ。

*1:ちなみにアサノさん曰く全く一人でやっているのではなく、「妻と僕の2名の組合員による組合活動で、また太田さんを含む著者・制作関係者との協力関係も大切にしています。」ということで、11月29日に文章を修正しました。