こけし日記

あまり更新しないブログ

カナダで見たいろんなデモ(Vancouver A to Z [M:March])

5月1日はメーデーだった。
日本じゃメーデーって平日だし、今は労働組合ある会社なんて少ないから、デモする機会もデモを見る機会も少なくてどこの国の行事って感じがする。


カナダにいたとき、いろんなデモを見た。

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メーデー
障がい者の人もいて、鳴りものが鳴ったり、楽しそうだった。


カナダで見たデモはたくさんある。
雰囲気も内容もいろいろだった。
パレードみたいなお祭りっぽいものもあれば、シュプレヒコールをあげたり、
プラカードを掲げたりっていう、いかにもデモっぽいのもあった。

もちろん反対意見はあっただろうけど、デモをすることを自体を冷ややかに見たり、
冷笑するような雰囲気はなかった。
主張する権利みたいなのが認められていて、主張したいことがあれば主張していい、
そういう雰囲気を感じた。


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プライドパレード
毎年8月にある。性的マイノリティの人以外に、先住民や障がい者、いろんな人が連帯してやっているのが印象的だった。


 


カナダにいたとき、日系人の人たちの歴史について知る機会があった。
第二次大戦中はカナダ生まれの2世が、敵国の日本にルーツがあるという理由で戦争中に収容所に入れられた。それだけでなく、それまでもっていた漁業権や商売をする権利、財産を取り上げられて、安値で売り払われた。さらには、戦後はもといた州に長いこと戻れなかったそうだ。
1980年代に補償運動が起こって、やっと補償してもらえた。
こんなに長い時間がかかったのは、補償運動を起こすことで、カナダ社会を刺激して差別意識がぶりかえっては困ると、できなかったそうだ。

また、先住民の人たちの歴史についても知る機会があった。
19世紀の終わりから1970年代まで、先住民の人たちは寄宿舎学校に入れられて親と別々に育ち、言葉も文化も伝承する機会を奪われていったそうだ。しかも学校では性的虐待や暴力などが横行し、今でもPTSDで苦しんでいる人もいるそうだ。やっと2008年にカナダ政府が謝罪をした。


最近、昔の障がい者運動の歴史を聞く機会があった。
1970年代まではバリアフリーが進んでいなくて自由に外出できなかったり、学校での就学拒否があったそうだ。それに反対して、川崎でバスジャックしたり、激しい運動をしていたと知った。

日系人や先住民の人たちの歴史は、カナダの中ではマイノリティの歴史だったから、主張しないと忘れられてしまう。障がい者の人たちだって外に出られず、学校教育から疎外されて、家や施設に押し込められていたら、そこにいるということを気づかれなかった。
だから外に出て、世間で注目してもらえる方法を使って主張する必要があった。

 

 

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家賃高騰に反対するデモ

ここ数年バンクーバーは家が投資対象になって、家賃が高騰している。イーストヘイスティングのあたりは貧困層が多くて、スラムのようになっているが、ここも立て替えとか商業施設が作られて、ジェントリフィケーションが進んで、貧困層が追い出されている。


 カナダにいたときに、トランプが大統領になった。
そのときもトランプ反対のデモがあった。アメリカのデモでは銃撃があって死者も出た。
トランプが大統領になった後は、バンクーバーの隣のリッチモンドでも中国人排斥のビラとかがまかれて、それに反対する集会などをやっていた。
わたしはそのときに初めて、自分が排斥される立場になるかもしれないと思った。
中国人か日本人かなんて、人種差別主義の人から見たらすぐわからない。
わたしだって危害を加えられる可能性があると思ったら、怖くなった。

 

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420
4月20日に、毎年大麻をアピールするデモをやっている。日本だと大麻=薬物=悪って感じだけど、バンクーバーだと嗜好品の一種という感じで、煙草よりもポピュラーな印象だった。国が違うと常識も違ってびっくりした。


日本に帰ってから、デモなんて無駄とか、デモをするのはバカといった主張が多くて驚いた。日本にいたときはそういう考えもあるのかなと聞き流していた。でもそれは今思えば、結局自分がマジョリティの立場、安全な立場でしかものを見てなかったと思う。

デモで全部が変わるわけじゃない。
でも、デモをする人にはする人の理由がある。
その人がそうやって主張できるようになるまでに、どれだけの葛藤があったのか。
それを思えばそれを止める権利は誰にもないはずだ。